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No.19 作家司馬遼太郎との縁を勝手に感じて

2006.8.2

 今年5月のある日、司馬遼太郎を読まねばと突然思いました。理由は分かりません。これまで「この国のかたち」を随分前に読んだきりです。それ以来今日まで文庫本を買い込んで読んでいます。

 そうこうしている中で、奈良県生駒市で薬局をやらないかという話が舞い込んできました。近鉄奈良線難波の駅で乗り、生駒駅で降りると駅から15分程度の場所です。

 開局準備の為、奈良生駒に行くことも多くなりましたが、同じ私鉄沿線上の東大阪が司馬遼太郎の生誕地でもありました。現在八戸ノ里に「司馬遼太郎記念館」が出来ています。記念財団の運営管理で、建築家安藤忠雄氏設計によるこじんまりとした、花と緑の美しい庭を配した建物があります。

 この巡り合わせは嬉しかったです。司馬遼太郎の世界を知りたかった時期と、仕事とは言え作家生誕地の近くで薬局が開業する時期が一致するとは。だから何なの?と言われればそれまでですが、私自身は何らかの縁を感じています。

 司馬遼太郎の世界をどう感じるか、未だ読み込み、考え込みが足りず、よく分かりません。ただ、人物を描き、歴史を読み取る作業が多いと思います。幕末、維新回天の時期、これだけ少数の人たちの思想と行動が歴史を変えたのには前も書きましたがびっくりです。

 作家は歴史に名を残し、時代を動かした人物たちは、「旅行者」であったとも書いています。

 当時の不便な時代、学問をするにしても、思索、啓蒙するにしても、全て自らの足で歩いて、現場をみて、現地の思索家と意見交流するといった作業の連続です。剣客で健脚であることが必須の条件であったでしょう。また、当然身に沁みた武士道精神を基本に、時代を見抜く感性が必要であった事は論を俟たないでしょう。

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