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No.32 パイロットフィッシュ

2007.10.5

 元将棋雑誌編集長で今売れっ子作家の大崎善生氏の「パイロットフィッシュ」が気に罹かっています。

 大崎善生氏は、ノンフィクション、フィクション他ジャンルを問わず書き続けており、これまでの読書量と考える時間の量の蓄積の多さを感じます。何も無い平凡な日常、孤独感を空、海、空気の力を借りて表現する上手さは第一級です。挫折、虚無、解放の心象風景を表す文体は透明感を感じ気持ちがいいものです。宗教学者山折哲雄氏の「悲しみ」の日本精神史でいう幸福と成功だけが人生か(人間、孤独も悪くない)の感覚と相通じるものを感じます。

 熱帯魚百科というサイトによれば、水槽を新規に立ち上げるとき、アンモニア等の有害な排泄物が水槽に存在しないとそれを分解する為の濾過バクテリアは発生しない。とはいえ濾過バクテリアの発生していない水槽に魚を飼うとその魚は濾過されないアンモニアなどの有害物質の中で飼われることとなる。結局人間がかなりの頻度で換水し致命傷とならない程度のアンモニアや亜硝酸濃度に保ちながら濾過バクテリアの発生を待つこととなる。水槽のこの危険な期間を過ごしてくれる魚をパイロットフィッシュと呼ぶと紹介されています。

 会社組織のみならず何らかの“形”を創る場合、必ずパイロットフィッシュは必要です。スタートから理想的な環境が整備された“形”など有り得ないからです。人間の場合、熱帯魚よりかなり複雑系です。色々な思考、思想の人が“形”に入り“形”の目的を達成しようとする訳です。目的達成のため表面的には共同作業を分担して進めて行ったとしてもその“形”の団結力を絶対視することは出来ません。“形”の歯車が微妙に歪むだけで“形”全体は大きく変形していきます。

 “形”創りを引率するものは、“形”を組成する人たちが生き生きと活動できる水質を維持するパイロットフィッシュに成らざるを得無いのではと考えています。当然パイロットフィッシュの行く末は死に絶えていくだけです。その結果として透明なアクアリウムと元気な熱帯魚がいつまでも飽くなき鑑賞に堪えられるということでしょう。